［望夢楼］／［いろいろなよみもの］／「きょうも脳天気」

　……え？　何か面白い話は無いかって？
　ごめん、生憎と持ち合わせはないなぁ。いや、ほんとだってば。面白い話なんか、そんなに都合よくどっかにいくつも転がっているわけがないでしょうがっての。だいたいお前ら、なんでうちに集まってくるんだよ。よっぽど暇なのか？
　え？　何？　あの話はどうかって？　お前なぁ、そんなこと言って、お前は当事者じゃないからおれがどんなに苦労したか……。あ、いやなにほんと、大した話じゃないよ。とりたてて珍しくもない、よくある話。しいて人に聞かせるようなもんじゃないってば。なに？　それでもいいって？　……しょうがないなぁ。ま、面白くないわけでもないから、別にいいんだけどさ。

　えっと。ほら、人面疽とか、人面瘡とかいうのは知ってるよね。人の顔の形をしたできもので、できもののくせに喋ったり、物を飲み食いしたりするってやつ。怪奇ものなんかに良く出てくるような。たしか谷崎潤一郎が小説に……知らない？　ま、いいけどさ。
　実は、あれが出来ちゃったんだ。
　いや、ほんとだってば。
　三月くらい前だったかなぁ。夏場のことだ。ある日、左腕が急にかゆくなってね。気がついたら、大きく腫れていたんだ。大したことはないと思って、ほっといたのが良くなかった。二、三日したら、りっぱな人面疽になってしまってね。目も鼻も口もしっかりあるのが……。
　ところでさ。人面疽に限らないけど、ほら、昔いたでしょ、人面犬とか人面魚とか。どうしてああいう人面ナントカって、皆、見るからに不気味で気色悪いんだろうね。美男美女の人面ナントカがあったっておかしくないじゃない。え、話を戻せって？　いや、深い関係があるんだ、これが。
　なにしろ、美少女の人面疽だったんだから。
　……あ。疑ってるだろ。信じないならいいよ。話さないからさ。……え？　……ま、しょうがないな。続けてあげよう。

　実際、困った。目元ぱっちりの可愛い美少女の人面疽に育っちゃって、腕の皮膚がその辺りだけ、ぴちぴちした若い女の子のものになっちゃって。どうしようかなと思いつつ、そのまま何日か放っておいたんだけど、ある日の朝、とうとう突然喋り出しやがった。
「ね、哲也、責任取ってよ！」
「え……わ、喋った！」
　ぼくとしては当然、驚いた。まあ、人面疽なんだから喋って当然という気もしたけど、まさかほんとに喋るとは思わなかった。と、人面疽の奴、いっきにまくし立てた。
「喋りもするわよ。怨みごとの一つや二つじゃ済まないんだから。ねえ、ちゃんと聞いてる……え……あれ……あの……あんた誰？」
　……なにが「あんた誰」だか。勝手に人の腕に生えておいて。
「あのな、ぼくは秋篠一彦という者だが……」
　と、彼女（？）は、ぼくの顔を戸惑ったように見詰めた。
「え……と……うそ……人違い……」
　そして、いきなりわめき出した。
「きゃあぁ！　ごめんなさいぃっ！」
「え？」
「ひ、人違いだなんて、そんな、ごめんなさいっ!!　ほんとにっ！」
　彼女はそう言って泣き出した。

「つまり、きみはなにか、その加茂哲也という男にさんざんもてあそばれたあげくに捨てられて……」
　しばらくして、彼女がとりあえず落ち着いてから、ぼくはゆっくりと話を聞くことにした。
「自殺しようと思って。でも、その前に復讐してやろうと思って。でね、あたしの家ってさ、パパが――もう死んじゃったんだけどさ、オカルトおたくだったから、呪いに関する本がたくさんあったの。で、その中に、死んだ後で人面疽になって復讐する呪いってのがあって……」
「で、その呪いを実行して、自殺して人面疽になって加茂哲也に取り憑こうとして、で、人違いをした、と」
　彼女の生前の名前は、神明真理。女子高生だった。数年前に両親を飛行機事故でなくし、今はひとりぼっちでアパートに住んでいる――いや、住んでいた。親戚が仕送りをしてくれているので、生活自体は困らなかったらしい。
　で、とにかく加茂哲也に取り憑こうとして、呪いをかけつつ自殺したのに、なぜか加茂哲也ご当人ではなく、ぼくが呪われてしまったらしい。
「おっかしいなぁ。なんで間違えちゃったんだろ。あの、加茂哲也って、ご存知じゃありません？」
「生憎、知りあいにはそういう名前の人間はいないけど。いったいどういう呪いかけたの？」
「あの、最近なんか変な電話かかって来ませんでした？」
　それで思い出した。一週間くらい前、確かにおかしな電話が自宅にかかってきた。取ってみると、電話の相手はいきなり、「ダクキャウクキカクヨハクキャノリナト、ダキカウククキャクヨハキカノリナト……」などとわけのわからん呪文を唱え始めたのである。あの時はただのいたずら電話だと思って切ってしまったのだが……。
「それ、あたしだ。間違い電話だったんですね……」
　つまり、この呪文が人面疽の呪いだったらしい。
「……なんで相手を確認しないんだ！」
「だって、いつもかけてる番号だったんだもん。こんな時に間違えるなんて。あたし、緊張してたのね……」
　真理はさすがにしょぼんとした。とはいえ、ぼくとしては迷惑この上ない。
「それにしてもお前な、このジョシコーセーのエンジョコーサイがどーとかこーとかいう御時世に、その程度のことで自殺するなよ。しかも、そんなわけのわからん方法で」
「だって、だってさっ。今更仕方ないじゃない！　それに、絶対成功すると思ってたんだもん！　絶対、あいつに復讐して、生き返れるって……」
「え？」
「ほら、人面疽ってさ、宿り主の栄養を奪って成長するでしょ。で、そのうち宿り主の方がちっちゃくなって、そのうち、人面疽の方が本体みたいになって、宿り主の方が人面疽みたいになっちゃって、最後は消えちゃっうって……」
「ということは何か？　お前、加茂哲也とやらを抹殺しようともしてたわけか？」
「そうでなきゃ復讐にならないじゃないの！」
　……あまり大威張りで言うことではない。
「だいたい、なんで成功するって、そんなにあっさりと信じられるんだよ。とりあえず成功したからいいようなものの……成功したんだか失敗したんだかよくわからないけど……」
「だって、パパが絶対確実な方法だって言ってたんだもん！　ブラジルあたりじゃ、いくつも実例があるって……」
　だから、なんでそんなにあっさり信じられるんだ。だいたいなんでブラジルなんだ。人面疽ってもともと中国の話で、それが日本にも伝わったんじゃなかったっけ。
「……とりあえず、これからどうするんだ？」
「えっと……」
　真理はしばら考えこんでいたようだったが、やがて意を決したように言った。
「あのぅ、あたしが元に戻る犠牲になってくれます？」
「怒るよ」
「じょ、冗談ですっ！」
　真理は慌てて取り消してから、
「……でもぉ、こんなに可愛い娘のぴちぴちした身体の犠牲になるんだから、いいじゃない……」
　などと、なおも余計なことをぶつぶつ口走った。
「あのさ。ぼくはきみを即座に潰すこともできるんだよ？」
「あはははは、冗談ですってばっ」
「先程かららきみの言動からいって、冗談には聞こえないんだが」
「う」
　真理はさすがに沈黙した。
「待てよ。ところできみの身体はどうなったんだ？　最近、女子高生が自殺したなんてニュースは聞いてないけど」
「多分、まだ部屋じゃないかなぁ。見つかってないと思います。部屋に鍵かけてきたし、夏休み中だから近所の人も不審には思わないだろうし、親戚や友達なんかもあんまり家に押しかけてはこないし……家に招待するたび、なんか嫌がって来なくなるんですよね」
「変なもんでもあるんじゃないの？」
「そんなものないですよ。普通の家です。せいぜい、古文書とか、呪術道具とかが、部屋中いっぱいあるくらいで……」
　そのどこが普通だ。
「ともかく、まだ自宅にあるんだね。とりあえず、それを見に行ってみようじゃないか」
「やだなぁ。腐ってるんだろうなぁ。うじ虫が湧いてたりして……」
「……きみの身体だぞ、きみの！」
　……ったくもう。

　とりあえずぼくは真理の家に行ってみることにした。
　外出する際の服装の選択がちょっと大変だった。なにせ、真理の（人面疽の）姿を人目に晒すわけにもいかない。ところが左腕に出来たもんだから、袖の短いシャツとかだと見えてしまう。おかげで夏場だというのに長袖のシャツを着る羽目になったんだが、これがまた、腕にぴったりくらいのシャツだと彼女が苦しがる。適当なだぶだぶのシャツを探し出すのが大変だったのである。
　真理の家は割に近所だった。せいぜい電車で二駅くらい離れているだけだ。駅を降りて、周りに通行人があまりいないのを確認してから、ぼくは彼女に小声で話しかけた。
「でもどうする？　鍵がかかってんだろ？　合鍵とかはないの？」
「あ、大丈夫です。合鍵を家の近くに隠しときましたから」
「え、なんで？」
「ほら、あたしが哲也の身体を乗っ取って復活したとき、自宅に帰るのに合鍵がないと……」
「……あのさ。それまでに死体が見つかっちゃったらどうするんだ？　だいたい、そうなった時、死体はどうするつもりだったんだ？」
「え……」
　真理ははっとしたようだった。
「あやぁ。考えてなかったぁ」
「ええいっ、後先を考えて行動しろっ！」
　そんな莫迦なやり取りを続けているうち、彼女のアパートに着いた。
　彼女が隠していた合鍵を探し出し、それで部屋の扉を開けてみた。と、まず目に飛び込んできたのは――何やら怪しげな人形とか、怪しげな魔術書とか、怪しげなアイテムとか、とにかく怪しげなものの山。
「なるほど、嫌がられるわけだ」
「なんでですか？」
「……きみ、常識がないってよく言われるだろ」
「え？」
　そういった怪しげなものの中に、真理の遺体は横たわっていた。まだ誰も遺体は発見していないようだった。
　自殺方法は手首の動脈を切って出血多量で死ぬ、というなかなか凄惨なもので、辺りは血まみれで凄まじい状況となっていた。なんでこんな自殺方法を取ったかという点については、当の本人の説明によれば、呪いを完成させるためにどうしても必要だったらしい。さらに、夏場に一週間近くもほっておかれたため、見事に腐りかけていた。おそらくあと何日かほっておかれれば、他の住民も異変に気付いていたことだろう。
「うぇ……」
「……あたしの身体。あんなに可愛かったのに……これじゃ、美女ゾンビだ……」
　真理もさすがに、自分の惨状を見て悄然としているようだった。ちょっと言っていることが引っかかるが。と、真理はいきなり変なことを言い出した。
「あのー。カンカンノウってのをちょっとやってみたいな、って」
「え？」
「カンカンノウですよ。ほら、落語であるじゃないですか。『らくだ』っての。葬式出す金がないもんだから、死体をもってカンカンノウ踊りを踊って、脅迫して香典を出させるっていう……」
　なんでそんなこと知ってるんだ、こいつは。
「……お前、脳味噌腐ってるだろ」
「腐ってますよ？」
　……いかん。洒落になってなかった。
「それはともかくとしてだ。いつまでもほっとくわけにもいかんだろ。どうする？」
「うーん……」
　真理はさすがに考え込んだ。が、しばらくしてまた変なことを言い始めた。
「食べちゃうってのは……ちょっと無理ですよね」
「え、食べちゃう？」
「腐ってなきゃなぁ。ほら、人肉って、人間の身体に一番近いから栄養いいだろうし。食べちゃった後は骨だけだから、それだけならなんとかなりそうだし。ね、一度食べてみたいと思いません？　人肉」
「……………」
　頭が痛い。
「なんてったって、食べられる本人が公認してるんだし、ねぇ、これって犯罪になるのかなぁ？」
「知るか、んなこと。ほんとにどうするんだ？」
「うーん、困ったなぁ……」
「んとにもう、後先考えて行動してくれよ……」

　結局、二人（？）ともいい智慧が浮かばなかったので、とりあえずアパートの管理人に連絡することにした。その際、とりあえずぼくは真理の知り合いで、たまたま合鍵を持っていて、たまたま遊びに来ていた、ということにしておいた。管理人の爺さんは彼女に連れ込む男がいたことにいささか驚いていたようだったが。
　遺体発見から数時間は、それこそアパート中、上を下への大騒ぎだった。ぼくは第一発見者として警察にこっぴどく絞られたが、結局、自筆遺書が発見されて一件は落着した。もっともその「遺書」、書いた当の本人によれば、昔軽い冗談のつもりで作ったものだったのだそうだが、もちろんそんな真相をバラすわけにはいかない。
　二、三日して、真理の親戚が施主となって、葬儀が行われることになった。で、その前に通夜があったわけだが、ぼくは至極当然のようにその通夜に顔を出してみた。
「変な気分だなぁ。自分の葬式に出るなんて」
　当の本人はいたって暢気なものである。
「出るのはきみじゃないぞ、ぼくだ」
「同じでしょ。でも、なんかわくわくするなぁ」
「なんで？」
　生前から脳味噌が腐ってたんじゃなかろうか。
「だって、わくわくするじゃないですかぁ。知り合いが心にもないご立派な弔辞を言うのが聞けるだろうし、あるいはさ、その後、あたしには面と向かって言えなかった悪口が聞けるかも……」
　確かにそりゃ、本人には面白いだろうけど。
　さて、通夜には真理の親戚とか、クラスメートとか、その他の友達とかが一斉に集まり、孤独な身の上の割にはなかなかの規模になった。もっとも、ぼくには閉口ものだった。なにせ、友人たちが悲しみ、中には泣いている者まである中、彼女はその様子を面白がって、ずっとくすくす笑っていたからである。
「あーあ、メイのやつ泣いてんの。全くもう泣き虫なんだからぁ。あ、大川くんだ。え、あたしのことそーゆー風に思ってたのぉ？　そーゆーことはもっと早く言ってくれなきゃねぇ」
　てな具合である。頭が痛い。

　翌日は葬儀が行われるはずだったが、結局、まともに行われることはなかった。というのは、真理の親戚や知人に混じって、問題の人物、加茂哲也が現われたからである。彼は真理のアパートに知人がいたらしく、会場に来るなりぼくのことを聞きつけると、ぼくのとこにやってきた。
「やあ、きみが真理の男だったそうだな」
　いきなりそんなことを言い出すのである。
「哲也……！」
　真理は小声をあげた。哲也は一瞬、ぎくりとしたようだった。
「失礼ですが、故人とはどういうご関係で？」
　ぼくはとりあえず、その場を誤魔化す目的もあって、無難と思われる質問をしてみた。
「真理の前の男」
　哲也はこともなげにそう言った。
「は？」
「きみもまあ、真理のせいでこんな目に逢わされて大変だったな。いつかこんな目に逢うと思ってたから別れたんだが。変な女だったしな」
　……なかなかわかりやすく歪んだ人格の奴だ。真理が憎む気持ちもわからぬでもない。もっともその前に、なんでこんな奴と付き合ってたのか、という気がするが。それに、確かに「変な女」という評価自体は当たっていそうである。
「家中怪しげなモノだらけだしさ。ま、死んでしまったんじゃ仕方ないがね。せいぜい線香の一本でもあげてやろうとおもってさ」
「ほんとはどんな目に逢うはずだったか、教えてあげましょうか？」
　真理が声を上げた。
「え？　ま、真理?!」
　哲也はさすがに慌てる。ぼくだって慌てる。なに考えてんだ。
「哲也、あなたには怨み骨髄に染みてるんだからね。こうしてあの世から舞い戻ってきたの」
「な……?!」
　その場がざわつきだした。真理があまりに大声を出すもんだから、皆に聞かれてしまったのである。
「でも、今からでも遅くはないもん。哲也には天誅を下してあげるわ」
――真理の声だ！
――真理の幽霊よ！
――まさか！
――嘘ぉ！
　真理のクラスメートたちが騒ぎだした。ぼくは内心彼女を呪ったが、どうしようもない。
「お……おま……」
　哲也は言葉もない。
「さぁ、どうしてあげましょうか？」
　真理は何か嬉しそうだ。断言する。絶対に彼女は状況を楽しんでる。
「貴様……」
　哲也はぼくを見据えた。
「貴様、何か仕掛けただろ！　真理の声のテープとか、腹話術とか！」
　そう叫ぶと、哲也はぼくにつかみ掛かった。あのアホ！　ぼくは心の中で毒づいたが、もう遅い。哲也はぼくの上着を取り去って……。
「そんな仕掛けなんかないわよ。ったくもう、乱暴なんだから」
　……哲也は人面疽になった真理の顔を見て、悲鳴をあげた。

　まあ、大騒ぎになったことは言うまでもあるまい。哲也は最初「きさまぁっ、こんなことなら俺がとどめをさしとくべきだったぁっ!!」とかいって暴れ出し、周囲に取りおさえられた。それから友人及び親戚一同、ぼくの左腕の真理の人面疽を覗き込んで、唖然とした。一番パニックを起こしたのは坊さんで、一心不乱にお経を唱え出し、そのうちそれが静かになったと思ったら、泡を吹いて気絶しているのだった。もちろんその場の流れで、葬儀がどっちらけになってしまったことは言うまでもない。
　おまけに真理の奴、事情を必要以上に事細かに説明しようとするのである。ぼくは制止するのに大変だった。え、なんでかって？　わかりきってるだろ。これ以上変な呪いの犠牲者を増やされてたまるか！　だから、さっきから呪いの詳しい方法については、説明を誤魔化してるじゃないか。
「……で。いったいこれからどうするつもりなんだ、神明真理くん？」
　パニックの中で、ぼくは真理に尋ねてみた。
「それは、やっぱ秋篠さんに犠牲になってもらって……」
　真理は済まなそうに答える。
「ぼくとしてはこのまま医者にいって、切除してもらってもいいんだけどな」
――あーっ、秋篠さん残酷！
――それじゃ真理があんまりかわいそうじゃない！
――ね、秋篠さん、犠牲になってあげてよ！
　周りを取り囲んだ真理のクラスメートたちが、一斉に声をあげた。ったく、人の気も知らないで！
「えーい、お前ら、なんなら俺に代わって犠牲になってみろ！」
　ぼくは思わず叫んだ。
「それだ」
　一人の男子学生が声をあげた。
「え？」
「神明、お前、秋篠さんから他のものに乗り移ることは出来るのか？」
　しばらくして、真理が答えた。
「……そっか、その手があったか……」
　……とっとと気付け。

　真理によれば、皮膚と血の一部を他の人に呪いをこめてなすりつければ、ただちに他の人に乗り移ることが出来るらしい。しかし、誰になすりつけるかが問題だった。なにしろ一人は犠牲になって消滅する者が出るのである。
　で、クラスメートたちは議論を始めた。
――誰にする？
――やぁよ、あたしは。まだ人生長いもん。
――あたしだって！
――やっぱ、ここは秋篠さんが……。
　……まだぼくにこだわってるのか。他人事だと思って。
――ここはさ、当初の予定通り、哲也が犠牲になればいいんじゃない？
「あ、それがいいな、あたし」
　真理がそう口走る。
「お前ら、それじゃ殺人だぞ」
　ぼくとしてはとりあえずそう言うしかない。
――あら、だって人面疽なんてただの病気じゃない。それに、真理は死んでるんだし。絶対、罪にはなんないよ。
――ねぇ。
――それに秋篠さん、ほっときゃあなたが犠牲になるのよ？
――ね、そうしようよ。
「そぉねぇ」
　真理も同意しかける。ぼくはもう何も言いたくなくなってきた。と、先程の男子が再び声をあげた。
「待て待て。人間にこだわる必要があるのか？」
――えっ？
「動物にすりゃ誰も文句ないだろ」
――動物？
「一昔前、人面犬とか人面魚とかいったのがあったけどさ。あれ、実は動物が人面疽にかかったものだったんだよ。やがてその噂が消えてしまったのは、結局、みんな人間になってしまったからなんだ」
「それ、ほんと？」
　真理が声をあげる。
「嘘に決まってるだろが」
　一同、その場でコケる。
「……あんたねぇ」
「いやははは、それは冗談だけどさ。でも動物だって何の問題もないと思うよ。少なくとも試してみる価値はあるだろ。死んだつもりで試してみれば？」
「あたし、とっくに死んでるんだけど」
「だからさ、犬とか猫で試してみればいいじゃない」
――えー、残酷！
――そんなぁ。ひどいよ。
――かわいそー！
　一斉にそんな声があがる。それじゃ、人間はいいのか？
「なんかそれじゃ動物さんに悪いような……」
　真理までそんなことを言い出す。ぼくは動物以下か。
「ったく、牛や豚を殺して食うのとどう違うんだ？」
　さすがにその男子も嘆息する。
「だって、犬や猫は普通食べないよぉ」
「それじゃ、牛か豚にする？」
「冗談！　誰が牛や豚なんかになってたまりますか！」
　真理が叫んだ。
「じゃ、犬か猫？」
「うーん」
　真理は考え込んだ。こっちとしてはもう、寝込みたくなってきた。

　……結局、他に名案もなかったので、近所の野良猫捕まえてきてさ。猫には悪いと思ったけど、まぁ仕方ない。猫がやられなきゃぼくがやられるんだから。あとは推して知るべし……え、それで真理はどうなったのかって？　そんなに知りたいの？　ほら、さっきから猫の鳴き声がするだろ。いや、最初のうちは、猫がちょっと怪我をしたって程度に見えたんだけどさ、三ヶ月もすると真理のやつ、育って育って、いやもう筆舌に尽くし難い、人獣入り混じりというか、凄まじい状況になってきてさ。あ、みんな引き取るのを嫌がってさ。ま、あの性格の上にあの状態だしね。一人だか一匹だかにさせとくわけにもいかないし、結局ぼくが引き取ったんだよ。たぶん一年くらいすればまともなものに落ち着くと思うんだけど。思いたいね、とりあえず。……え、そんなに見たいの？　見る？
　ま、とりたてて珍しくもない、よくある話だったろ。……あれ、どうしたの？

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