［望夢楼］／［いろいろなよみもの］／「心中」

「やっほぉ。Ｎくん、いる？」
「や、Ｋちゃん。なんだ、そんな莫迦でかい荷物なんかしょって。何か用？」
「何か用、じゃないでしょ。だいたいＮ、あんた、あたしたちの強制心中の期日ももうすぐだってのに、よくそんなに平気でいられるね。」
「今更じたばたしても仕方ないじゃないか。結局、捕まって死ぬのがちょっと早まるだけだよ、抵抗したって逃げたってさ。なんだかんだいって、いつも警察が見張ってんだ、僕らのことは。今朝だって、新聞配達に来た奴の顔を見たら、知り合いのおまわりだった。せいぜい楽しい死に方を考えようや。」
「なんだかえらく悟りきっちゃってんね。でもさ、強制心中なんて、えらくふざけた決まりだと思わない？　どうやって決まったんだっけ、あれ。」
「まずとにかく人口が増えすぎた。人口が増えすぎりゃ、食い物もエネルギーも足りなくなったりして、いろいろ困るのは自明の理。だから出産制限を厳しくしてはみたものの、それだけではとうとうにっちもさっちもいかなくなっちまった。とうとう行き詰まった末、政府は国民を強制的に削減する、という強硬策に出た。それならば普通、老人あたりが真っ先に殺されそうなものだが、やっぱり弱い者から先に殺すのは可哀相だ、なんて言い出したのがいた。で、なぜだかそいつの言い分が通ってしまい、15歳から25歳までの若者が強制的に自殺させられることになった。ま、ほんとのところは政府首脳が老人ばかりだったからだ、という噂もあるけどね。」
「で、どうせならばついでに、カップルを自殺させりゃ余分な子孫も殖やさなくてすむからちょうどいい、なんて言い出したバカもいた。ふざけてるよね、ほんと。」
「なんだ、良く知ってんじゃないか。それについても政府首脳がアベックに嫉妬したから、っていう噂があるね。ともかくそうして出来ちまったのが、『青少年人口の強制削減に関する法律』。所謂『強制心中法』。」
「全国各地のカップルから適当なのをランダムに選んで心中させるっていう、ふざけた法律。」
「そ。でもま、ふざけてるっていやふざけてるけどさ、一応国民投票で決まった法律なんだよ。俺たちが選んだ道なのさ、結局。」
「あたしは選んだ覚えはないぞ。だいたい、だからってあたしたちの身に降りかかってくるなんてさ。ついてないよね。」
「まあまあ。で、今日は何の用なの。」
「その強制心中だけどさ。方法は何でもいいのよね。」
「うん。ま、どうせなら出来るだけ楽な……うわっ、な、なんだそれはっ。き、機関銃っ。何をしょってきたかと思えばっ。どっから持ってきた。そそ、それは嫌だ。だいいち、い、痛いじゃないかっ。」
「まだ何にも話してないじゃないの。」
「痛いのは嫌だ。」
「嫌だ、じゃないでしょ。どうせ死ぬんだから、ちょっとの痛みくらい我慢するもんでしょうが。それに、これですぐに自殺するってわけじゃないのよ。」
「というと？」
「どうせ死ぬんだったら、精一杯派手に死んでみたいと思わない？」
「まあ、思わなくもないけどさ。でもどうせなら楽な方が……。」
「あんたってとことんそんな発想ばっかなのね。ま、いいや。あのね。町中で機関銃ぶっぱなしてさ、警官隊と撃ち合いになって、壮絶な討ち死にを遂げるのはどうかな、って思って。」
「というと。人殺しをする訳か？」
「いいじゃないの。どうせみんな遅かれ早かれ死ぬんだし、人口削減をするんだから政府も喜ぶと思うわ。それに、どうせなら死ぬ前に一度、人を殺すって感覚味わってみたかったの。Ｎくんも人殺しをしてみたいと思ったことあるでしょ？」
「ないと言えば嘘になるけどね。しかしいったいどっから湧いてきたんだその発想。」
「この間ちょっと映画見ててね、警官隊と悪者が撃ち合いするシーンがあって……。」
「とことん脳天気な奴だな。」
「それはお互い様でしょ。」
「僕は君ほどじゃない。」
「それはないよ。で、するの、しないの？」
「しない、とでも言ったら？」
「それでもいいよ。あたし一人でやるから。そうなったらここで予行練習でもしとくね。最初の標的、Ｎくんがいいな。どう？」
「それは痛い。」
「警官隊に撃たれるのも痛いよ。どうせなら最愛の人に殺されるってのは……。」
「ま、いいや。やろうじゃないの。」
「あ、やってくれる？」
「どうせ自殺せにゃならんのだ、ついでに巻き添えを増やしてやっても悪いことはあるまい。じゃ、早速出かけるとするか。」
「ん。だからＮくん好きよ。」

「さて、と。町中に出てきたはいいけど。」
「あの辺りなんかどうかな。人出多いし。」
「ん、じゃあ、ここらで腰を据えておっ始めるとしますか。」
「そうするとしましょ。」
「じゃあ景気よく始めるよ。だだだだだだ」
「ん。だだだだだだ」
「おっ、早速一人やられたな。だだだだだだ」
「へっへー。みんなばたばた倒れてくね。だだだだだだ」
「あ、これは近所の先生。ごめんなさいね。だだだだだだ」
「お、隣のおばあちゃん。今すぐ楽にしてあげるね。だだだだだだ」
「しかし、人を殺すのがこんなに快いとは思わんかった。だだだだだだ」
「あたしも。だだだだだだ」
「みんな慌てて逃げてくな。だだだだだだ」
「莫迦みたい。どうせ遠からぬうちに死ぬのにね。だだだだだだ」
「あははははは。だだだだだだ」
「あははははは。だだだだだだ」
「おっ、警官隊がようやくお出ましだぞ。だだだだだだ」
「いよいよ本格的に撃ち合いね。だだだだだだ」
「だだだだだだ、だきゅんだきゅんだきゅん」
「だだだだだだ、だきゅんだきゅんだきゅん」
「早速向こうから撃ってきたぞ。だだだだだだ」
「おまわりさん、ごめんなさいね。だだだだだだ」
「うっ、痛っ。やっぱ弾が当たると痛いなぁ。だだだだだだ」
「当たり前でしょ。痛っ。だだだだだだ」
「肩をやられたみたいだな。まだ少しは持つかな。いてっ。だだだだだだ」
「もう少し殺してあげようね、お国のためにもね。いたた。だだだだだだ」
「お国のためって、そりゃないんでないかい。いててて。だだだだだだ」
「ははは。冗談冗談。たたっ。だだだだだだ」
「ちょっと。顔やられたんじゃないか。あーあ、可愛い顔が台無し。だだだだだだ」
「お互い様、そっちこそ頭やられたんじゃないの。いい男が台無しよ。だだだだだだ」
「そろそろ限界かな。だだだだだだ」
「そうみたい。死んだら一緒に地獄に行こうね。だだだだだだ」
「ん。だだだだだだ」
「それじゃ、最後の仕上げと行きますか。だだだだだだ」
「あははははは。だだだだだだ」
「あははははは。だだだだだだ」

［望夢楼］／［いろいろなよみもの］／「心中」