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万里ヶ島関連史料

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『淮南鴻烈解』（『淮南子』高誘註）俶真訓

【著者】高誘／【成立年代】後漢建安17年（212）

【底本】服部宇之吉〔校訂〕『淮南子 孔子家語』〔漢文大系 第二十卷〕（冨山房、1915）, p. 25.

歴陽淮南國之縣名。今屬二江都一。昔有二老嫗一。常行二仁義一。有二二諸生一過レ之。謂曰。此國當二沒爲一レ湖。謂レ嫗。視二東城門閫有一レ血。便走二上北山一。勿レ顧也。自レ此嫗便往視二門閫一。閽者問レ之。嫗對曰。如レ是。其暮門吏故殺レ雞。血塗二門閫一。明旦老嫗早往視レ門。見レ血便上二北山一。國沒爲レ湖。與二門吏一言二其事一。適一宿耳。一夕旦而爲レ湖也勇怯同レ命。無二遺脱一也。

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『本朝故事因縁集』巻之五

【著者】未詳／【発行】江戸：万屋清兵衛、大坂：雁金屋庄兵衛／【刊行年】元禄二年（1689）三月

【底本】京都大学文学部国語学国文学研究室〔編〕『京都大学蔵大惣本希書集成』第8巻（臨川書店、1995）, pp. 77-78.

百二十　薩〔サツ〕州野〔ノ〕間〔マ〕御崎〔サキノ〕明神

唐〔トウ〕土〔ド〕万〔マン〕里〔リノ〕島〔シマ〕ニ仁王ノ像〔ザウ〕ヲ立〔タテ〕テ、末〔マツ〕世〔セ〕ニ至〔イタ〕リ仁王ノ面〔ヲモテ〕赤〔アカク〕成〔ナル〕時〔キ〕島〔シマ〕滅〔ホロブ〕ト言〔イヒ〕伝〔ツト〕フ。于〔ニ〕レ時悪〔アク〕人アツテ仁王ノ面ヲ朱〔シユ〕ニテ染〔ソメ〕ケレバ、島〔シマ〕過〔クワ〕半〔ハン〕沈〔シヅン〕テ人皆溺〔ヲボレ〕死〔シ〕ス。此〔ノ〕時明神舟〔フネ〕二艘〔ソウ〕両手〔テ〕ニ持〔モチ〕テ、薩〔サツ〕州野〔ノ〕間〔マノ〕庄ニ飛〔トビ〕来〔リ〕給〔タマイ〕、現〔ゲンジ〕二松〔マツノ〕尾〔ヲ〕明神〔ト〕一、舟ノ守護〔ゴ〕神〔ジン〕ト成〔リ〕給フ。異〔イ〕国本朝ノ舟、難〔ナン〕風ニ逢〔ア〕ヒ漂〔ヘウ〕波〔ハ〕ノ時ハ立〔リウ〕願〔グワン〕祈〔キ〕誓〔セイ〕スト云云。

評〔ニ〕曰、万里ノ島ノ仁王ノ面赤成テ島〔シマ〕沈〔シヅム〕ト云伝ヘ、朱ヲ塗〔ヌ〕リ既〔スデ〕ニ島〔シマ〕沈〔ム〕コト、仏説ノ如ク三界〔ガイ〕唯〔ユイ〕一心ナリ。人謂〔イヒ〕伝〔ツトフ〕ハ神〔シン〕宣〔セン〕ナリ。

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『本朝怪談故事』巻第二

【著者】厚誉春鶯廓玄／【発行】京都：小河太左衛門、秋田屋総兵衛／【刊行年】正徳六年（1716）

【底本】厚誉春鶯廓玄／高田衛＋阿部真司〔校註〕『本朝怪談故事――校注索引』（伝統と現代社／現代ジャーナリズム出版会〔発売〕、1978）, pp. 100-101.

第十二　野〔ノ〕摩〔マノ〕御〔ミ〕崎〔サキ〕変〔ズ〕レ面〔ヲモテヲ〕

薩州野〔ノ〕間〔マ〕ノ御崎ノ神ハ、往古、唐土万里ノ嶋ニアリケル金剛力士ノ二王ノ像也。然ルニ、此二王ノ面〔ヲモテ〕、赤ク変ジタル時ハ此嶋滅〔ホロブ〕ト皆人云へリ。夫レ故ニヤ、其色皆白シ。然ルニ人アリテ、彼二王ノ面ニ朱ヲ塗ケレバ忽チ嶋動出テ、海ニ沈没ス。人皆溺死ス。此時、明神舟ニ乗（テ）薩州へ来リ、野間ノ庄ニテ明神ト現ジ舟ヲ守ノ神ト崇ム。今モ異国本朝共ニ舟ノ難風ニ逢フ時ハ、此明神ニ祷レバ霊験新タニ、其難ヲ免〔マヌカ〕ル。今ニ至テ面変ズレバ凶事也トテ諸人恐懼〔ヲソレ〕、敬フ。又ハ松尾明神共号ス。『因縁故事』ニ出タリ。

案ルニ、諸寺ノ伽藍〔ラン〕ノ門ニ立ル二王ハ、金剛神ト号シテ、賢却千仏ノ兄弟也。伽藍守護ノ神也。然ルニ、今二王ノ面赤クナリタル時嶋沈ム、ト神宣アルニテ、人アツテ朱ヲ塗ルニ、忽チ嶋沈ムハ、其時ノ至レルニヤ。鶯按ルニ、斯往古ヨリアル事ニヤ。『宇治拾遺』ニ山里ニ住ケル姥アリ。日〔ヒ〕毎〔ゴト〕ニ山ノ上ヘ登リテハ家ヘ帰ル。里人、其故ヲ問フ。姥ガ曰、「我母幼時語リケルハ、アノ山ノ塔〔トウ〕婆〔バ〕ニ血ノ付タル時ハ、此山崩〔クヅ〕ルト教ヘ給へル故今ニモ血ヤ付〔（ツキ）〕タル歟ト、毎日到テ見侍ル也」ト答ヘケレバ、里ノ若キ者共聞テ、姥ヲ驚セントテ、塔婆ニ血ヲ塗ケレバ、姥見テ驚キ、急ギ迯〔ニゲ〕遁〔ノガレ〕ケルニ、果シテ其夜、山崩レテ人数多死シケル。姥ハ迯テ去ケレバ、其難ヲ逸ケルト云へリ。是ハ異朝ノ『荊州記』ニ見ヘタル故事也。然ルヲ好〔カウ〕事〔ズ〕ノ者アリテ語リケルヲ、『宇治大納言ノ物語』ニハ記シ給へリ。則、『荊州記』ニ曰、唐ノ歴陽県ト云所ニ、老タル嫗アリ。常ニ善事ヲ行フ。アル時、少年人ノ来リテ告テ曰、茲〔コノ〕国頓〔カ〕テ〔（ママ）〕没〔ボツ〕シテ海トナルベシ。東門ニ血ノ付キタルヲ見バ、急ギ山へ登リテ、其難ヲ免ルベシト語ル。嫗〔ウバ〕聞〔キヽ〕テ曾テ疑（ハ）ズ。数〔シバ／＼〕行テ東門ノ血ヲ見ル。門守不審〔イブカシク〕思ヒテ嫗ニ問フ。嫗ハ彼ノ血ノ事ヲ語ル。門守、嫗ヲ驚サントテ、竊〔ヒソカ〕ニ鶏〔ニハトリ〕ノ血ヲ東門ノ閫〔トシキミ〕ニ塗ル。之ヲ見テ、急ギ驚テ、山ヘ登リケルニ、果シテ其夜其所没シテ、巨海ト変ジ、人数多〔アマタ〕死シケルトナン。今ノ和〔クワ〕州ノ歴陽湖トハ是レナリト云へリ。又『太平広記』百六十三ニモ出タリ。又于〔ウ〕宝、『捜神記』十三巻ニ之ニ似タル事アリ。『三代実録』ニモ靏見山ノ変アリ。毛挙ニ遑（アラ）ズ。

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『和漢船用集』卷第二

【著者】金澤兼光／【刊行年】明和三年（1766）

【底本】三枝博音〔編〕『日本科學古典全書　第12卷　海上交通』（朝日新聞社、1943）, pp. 200-201.

舟玉神之事

［…］

西川氏の曰、長崎に來る唐人船、菩薩と號〔ゴウ〕するは第一媽〔マ〕祖〔ソ〕なり。嬈〔ノウ〕媽〔マ〕とも號す。もと、福〔フク〕建〔ケン〕興〔コウ〕化〔クハ〕の林〔リン〕氏〔シ〕の女〔ムスメ〕、大海に沒〔ホツ〕して神と成。神異〔イ〕靈〔レイ〕現〔ケン〕にして渡〔ト〕海〔カイ〕の船を護〔マモル〕、天〔テン〕妃〔ヒ〕の尊〔ソン〕號〔カウ〕を謚〔ヲクリナ〕す。又は聖〔セイ〕母〔ボ〕と號す、觀音の化〔ケ〕身〔シン〕といへり。唐船觀音を信〔シン〕する者多しと見へたり。和漢ともに觀世音を以、船菩薩とするなり。

［…］

又曰、薩摩の國野間權現は則嬈〔ノウ〕媽〔マノ〕神也。野馬は則嬈媽の和〔ワ〕音〔イン〕なりといへり。本朝故事因縁集に曰、薩州野間御崎明神は唐土萬里嶋に仁王の像〔ソウ〕を立〔タテ〕て、末〔マツ〕世〔セ〕に至り仁王の面〔ヲモテ〕赤〔アカ〕くなる時、嶋滅〔メツ〕すと云傳ふ。時に悪人ありて仁王の面を朱〔シユ〕にて染けれは、嶋過〔クハ〕‐半〔ハン〕沉〔シツミ〕て人皆溺〔ヲボレシ〕死〔シ〕す。此時、明神舟二艘兩手に持〔モチ〕て、薩州野間の庄〔シヤウ〕に飛來りたまひ、松尾明神と現〔ケン〕し舟の守〔シユ〕護〔コ〕神と成給ふ。異國本朝の船、難風に逢〔アヒ〕、漂〔ヘウハ〕波〔ヘウハ〕の時は立〔リウ〕願〔クハン〕祈〔キ〕誓〔セイ〕すと見へたり。

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『東洋口碑大全』

【著者】巖谷小波／【刊行年】1913（大正2）

【底本】巖谷小波『東洋口碑大全』上卷（博文館、1913）, pp. 82-83.

五三　野摩の御崎

　薩摩國野〔ノ〕摩〔マ〕の御〔ミ〕崎〔サキ〕の神は、昔唐の萬重島［原文のママ］にあつた、金〔コン〕剛〔ガウ〕力〔リキ〕士〔シ〕の二王の像である。所が此二王の顏が、赤く變じた時には、それこそ此島の滅びる時であると、誰も信じて居つた。其故でか此處の二王の色は白いのである。

　すると一人の男が、何と思つてか、二王の面に朱を塗るが最後、忽ち山嶽鳴動して、島は見る間に海底に沈み、住民は夫れが爲め悉く溺れて死んで仕舞つた。此時明神が舟に乘つて薩摩へ來、野間の庄で體を現はし、軈て舟を守る神と崇められた。今も舟の難風に逢つた時に、此明神に祷れば、屹度其難を免れる。又二王の面色の變るは凶事であると、夫れよりは恐れ敬ひ申した。此神は別名を松〔マツ〕尾〔ヲノ〕明〔ミヤウ〕神〔ジン〕とも云ふのである。（因縁故事）

　一説　諸寺の伽藍に立つ二王は、金剛神と云つて、賢〔ケン〕劫〔ゴフ〕千〔セン〕佛〔ブツ〕の兄弟である、即ち伽藍守護の神である。此二王の面が赤くなつた時に、島が沈むと神の告げがあつて、人が朱を塗つたのに、忽ち島が沈沒したのは、其時節が來たのではあるまいか。但し之に類似の話は少くない。昔し山里に、一人の姥が住んで居つたが、毎日山の上へ登つては、家へ歸るのを、殆ど仕事の樣にして居るので、里人が其譯を尋ねると、姥の云ふには、私が子供の時分母に聞いた事に、あの山の塔〔タウ〕婆〔バ〕に血の付いた時は、山が崩れると。夫れで私は、今にも血が付くかくとそれが心配で堪まらぬので、毎日見に行くのだと答へた。

　之を聞いた里の若者共は、イヤ之は面白い事を耳にした、一つ姥を驚かしてやらうと、山の上の塔婆に血を塗つて置いた。するとやがて姥が見て、さては愈々血が付いたか、こりやかうして居られないと、急いで遁げ出したが、果して其夜に山が崩れて來て、里人は大勢死んだ。けれども姥ばかりは早く遁げたから、其災難を免れたと云ふことである。（宇治拾遺）

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『中国誌』（『オランダ東インド会社遣清使節紀行』）

Olfert Dapper, Gedenkwaerdig bedryf der Nederlandsche Oost-Indische maetschappye, op de Kuste en in het Keizerrijk van Taising of Sina, Amsterdam, Jacob van Meurs, 1670.

【英訳版】Translated by John Ogilby, Atlas Chinensis, London: Printed by T. Johnson, 1671. （原著者を誤って Arnoldus Montanus とする）

【底本】李獻璋『媽祖信仰の研究』（泰山風物社、1978）, pp. 134-135.

According to the Chineses relation to Hogenhoek, the instituter of this great festival peelou, was formerly governor of the paracelles, a countrey that is very fruitful, and abounds with gold and silver, who foretold, that that island should be swallow'd up: wherefore he and some of his friends, and others that believ'd him, several days before fled inn thence in their jonks to the main of China; where they honor him as a god of the sea: for as they repart, soon after his departure the Island sunk; in commemoration of which they keep this annual holy-day.

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『采覽異言』巻第三

【著者】新井君美（白石、1657-1725）／【成立時期】正徳3年（1713）序

【底本】市島謙吉〔編〕『新井白石全集』第4巻（吉川半七、1906）, p. 847.

イラステフラモル　又二名マンリ一

萬里石塘

嶕在二瓊州南海之中一。東西二三百里。南北七八百里。盖古之時。此處有レ國。大地既陷。唯今見二其山岳岡巒之頂一耳。正徳甲午春。美得三此説於二和蘭加比丹一。是歳季秋。彼已將二還去一。過二此嶕一。忽遇二暴風一。合舩韲粉矣。嗟可レ悼夫。加比丹姓名。コルネレス、ラルテン。

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『訂正増譯采覽異言』巻之十

【著者】山村昌永（才助、1770-1807）／【成立時期】文化元年（1804）

【底本】山村才助『訂正増訳采覧異言』（下）（青史社、1979）, pp. 1053-1054. （影印本）

イラステフウラモル　又名マンリ

萬里石塘

昌永按スルニ西語「ラ、プラッセレ」又「インスラ、デ、プラッセル」又「パラセル」ト云フ地圖ヲ考フルニ北極出地十三度ヨリ十六七度ノ間ニアリ又或ハ萬里長沙ニ作ル者アリ

嶕在リ二瓊州南海之中ニ一東西二三百里南北七八百里盖古之時ニ此ノ處有リレ國大地既ニ陷テ今唯／＼見ル二其ノ山岳岡巒之頂ヲ一耳 正徳甲午ノ春美得タリ三此説ヲ於二和蘭ノ加比丹ニ一是ノ歳季秋彼已将レ還ント去テ過ク一此嶕ヲ一忽遇テ二暴風ニ一合舩韲粉ス矣嗟可キレ悼ム夫加比丹名ハコル子レスラルテン

昌永按スルニ北島見信ガ紅毛天地二圖贅説ニ云ク巴〔パ〕刺〔ラ〕西〔セ〕尓〔ル〕ハ世ニ所レ謂萬里灘即是又曰フ二萬里長堤ト一ト又海槎餘録ヲ引テ曰ク千里石塘ハ在リ二崖州海面之七百里ノ外一相傳フ此ノ石比スレハ二海水ニ一特ニ下フ八九尺海舶必遠ク避テ而行ク一ヒ墮レハ即不レ能ハレ出ツ矣萬里長堤ハ二出ツ其ノ南ニ一波甚急舟入レハ二廻溜ノ中ニ一未タレ有ラ二能ク脱ル者一番舶久慣テ能ク避ク雖トモ二風ノ汛ト一亦無シレ虞ソ

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『天地始之事』

下村善三郎旧蔵本／【筆記時期】文政年間（1818-30）

【底本】中城忠〔写真〕／谷川健一〔編〕『かくれキリシタンの聖画』（小学館、1999）, pp. 155-156.

　段々人多〔おふ〕くなるにしたがい、皆〔みな〕、盗〔ぬす〕みならい、欲〔よく〕を離〔はな〕れず、悪にかたぶく。次第に悪事〔《じ》〕つのる故〔ゆへ〕、でうす、これを憐〔あわれ〕みたまいて、ぱつぱ丸じといふ帝〔たい〕王〔おう〕に、御告〔つうげ〕ぞ有けり。「此寺〔てら〕の獅〔し〕子〔ゝ〕駒〔ごま〕の目〔め〕、赤〔あか〕色〔いろ〕になるときは、津〔《つ〕浪〔なみ》〕にて世〔《よ》〕は滅〔めつ〕亡〔ぼう〕」との御告〔つうげ〕をかふむり、帝〔《てい〕王〔おふ》〕は、日ごとに寺〔てら〕ゑ参〔まい〕る。手〔て〕習〔ならい〕子供〔ども〕、集〔あつま〕り見〔み〕て、「いかゞにて、獅〔し〕子〔ゝ〕駒〔ごま〕は拝〔《おがま》〕るゝ哉〔《や》〕」といゑば、脇〔わき〕方〔かた〕子供〔ども〕聞〔き〕いて、「獅〔し〕子〔ゝ〕の目〔め〕、赤〔あか〕色〔いろ〕になる時は、此世〔せ〕界〔かい〕は、波〔なみ〕にて滅〔めつ〕亡〔ぼう〕する」。脇〔わき〕の子供〔ども〕聞〔き〕いて、笑〔わら〕いていふやうは、「さても、おかしき事、塗〔ぬ〕りたら、すぐに赤〔《あか》〕くなるが、滅〔めつ〕亡〔ぼう〕は思〔おも〕いもよらぬ」と塗〔ぬ〕りけり。

　ぱつぱ丸じ、いつものとうり参〔さん〕詣〔けい〕し、獅〔し〕子〔ゝ〕の目〔め〕、赤〔あか〕きを見〔み〕て、はつと驚〔おどろ〕き、かねて用〔《よう〕意〔い》〕の刳〔くり〕船に、六人子共〔《ども》〕を乗〔の〕せ、兄〔あに〕壱人は足〔あし〕弱〔よわ〕く故〔ゆへ〕、残〔ざん〕念〔ねん〕ながら残〔のこ〕しをく。かゝ所に、間〔あいだ〕もなく、大波〔なみ〕天地をおどろかし、片〔へん〕時〔し〕の間に、ただ一面〔めん〕の大海〔うみ〕にぞなりけり。右の獅〔《し〕子〔ゝ〕駒〔ごま》〕、海〔うみ〕の上を走〔はし〕り、乗〔の〕り遅〔おく〕れたる壱人の兄〔あに〕、背〔せな〕に負〔お〕ふてぞたすけける。其〔《その〕汐〔しを》〕三時にさつと引〔ひ〕き、ありおふ嶋にぞ、やすらひ居〔《い》〕る。然る所に、おくれし兄〔あに〕を、獅〔し〕子〔ゝ〕乗〔の〕せ負〔お〕ふて来〔きた〕りけり。波〔なみ〕に溺〔おぼ〕れて死〔し〕ゝたる数〔《す》〕万の人々、べんぼうといふ所、前〔《ぜん〕界〔がい》〕の地獄〔ごく〕、此所に堕〔お〕ちける。

松尾久市所蔵本／【筆記時期】大正15年（1926）

【底本】田北耕也『昭和時代の潜伏キリシタン』第3版（国書刊行会、1978）, pp. 105-106.

［…］帝王は日ごとにてらゑまいる。其ひまに大きな高山に、くり船を致すなり。しかるに帝王の、獅子駒をおがむとを、てならい子ともあつまりみて、いかゞにしてしゝこまは拝〔おかま〕るゝ哉といゑば、わきかた子ともきいて、しゝのめあかいろになる時は、此世かいはなみにてめつぼうする。わきの子ともきいて、わらいていふやうは、さてもおかしき事、ぬりたらすぐに赤くなるが、万里もある島のめつぼうは、おもいもよらぬと、ぬりけり。［…］

　右の獅〔し〕子〔し〕駒〔こま〕うみの上をはしり、のり送れたる兄を、せおい来たりて船にのする。夫れより板やしやくしにてかく、万里が島のみえろがな。あり王島のみえろがなとかく。さすればかすかに見ゆるあり王島。そのしまたよりにかきつくる。今にぺーろんそのときのまねとなり。夫れよりなみにおぼれてししたる数〔す〕万の人々、へんぼうといふ前〔ぜん〕界〔かい〕の地ごく此所におちける。

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